燃えるようなレッドのボディ。そのフロント部分にズームした円形の窓が、衝撃吸収ウレタンバンパーの存在を際立たせています。夕暮れ時のようなドラマチックなライティングが、スポーツカーとしての躍動感と、技術への信頼感を同時に表現していました。
「安全バンパーひとつにも、走りを新鮮にする思想があった。」
1978年。1980年代を見据えて進化したニューセリカは、トータル・エアロダイナミクスという新しい思想を纏っていました。三次曲面ガラスの採用により、ボディと窓ガラスの一体感を高め、空気抵抗の少ない卵型のフォルムを完成させています。
日本初の衝撃吸収ウレタンバンパーは、単なる安全装備ではありませんでした。それは、安全性を犠牲にすることなく、車両重量を65kgも軽量化し、エンジンの効率を最大限に引き出すための選択でもありました。
1970年代の国産スポーツカー
- トヨタ・セリカ(1978) ― 7年後のセリカは、もう別の顔をしていた
- マツダ・サバンナRX-7(1978) ― ロータリーが描いた新しい走り

