逞しい左手が掲げているのは、片手で持てるほどに小さなテレビジョン。その画面に映し出されているのは、聖火が灯ろうとする国立競技場のトラックです。世界中が日本に注目するその瞬間を、どこにいても見逃さないという決意が、この小さな機械には込められていました。
「10月10日午後2時 あなたはどこにいらっしゃいますか」
1964年。東京オリンピックの開催に合わせて、ソニーはトランジスタ技術の粋を集めたマイクロSを発売しました。乾電池で見られるという機動性は、テレビを居間から外へと連れ出しました。真空管式の10分の1以下という低消費電力、そして「トランジスタは永久保証」というソニー独自の特典が、新時代の技術への自信を裏付けています。
現金正価4万9800円。当時の初任給の数ヶ月分という高価なものでしたが、それは「歴史的な瞬間をリアルタイムで共有する」という、未来を買うための代金でもありました。

