青い背景に置かれた一本の金塊。
まだ時計の形をしていない、ただの素材です。
「名匠の手が1年がかりで、これをロレックスにします」
1970年のこの広告は、完成した腕時計を誇示するのではなく、素材から製品へと至る工程そのものを語ります。金塊が溶かされ、削り出され、オイスターケースへと成形される。そしてそこに自動巻き機構“パーペチュアル”が組み込まれ、スイス公認クロノメーターとして調整される。その一連の流れを、あえて強調する構成です。
ロレックス・オイスター・パーペチュアル・クロノメーター。
ねじ込み式リューズを備えた防水ケース、自動巻きローター、高精度のムーブメント。機能自体はすでに確立されていました。しかし、この広告が訴えているのは性能数値ではありません。どれだけの時間と手間が費やされているか、という一点です。
1970年前後、日本では国産時計メーカーが急速に技術力を高めていました。セイコーやシチズンが高精度モデルを投入し、価格競争も進みます。その中でロレックスは、量産効率ではなく“製造思想”で差別化しました。金を叩き、削り、磨き上げる工程を物語として提示することで、「持つ理由」を作ったのです。
広告には著名人の着用例やクロノメーター証明書の実績も並びます。精度の裏付けと社会的象徴性。その両輪によって、ロレックスは単なる高級時計ではなく、「到達点」としてのポジションを築きました。
当時の日本において、舶来高級時計は成功や信頼の象徴でした。ビジネスの場で腕元に光る金無垢ケースは、時間管理以上の意味を持ちます。価格や型番を細かく語らずとも価値が伝わるという自信が、「ロレックスの良さは語るに及ばず」というコピーに滲みます。
この広告が示しているのは、時間を刻む装置ではなく、時間をかけて作る姿勢です。素材の段階からブランド価値を宿らせるという発想は、その後の高級時計市場の基本構造にも通じます。
現在、オイスター・パーペチュアルやデイトジャスト、サブマリーナといったモデルは中古市場でも高い評価を保っています。製造工程へのこだわりや耐久性への信頼が、数十年を経ても資産価値を支える理由の一つといえるでしょう。
金塊は、まだ時計ではありません。
しかしその段階から、ロレックスというブランドの物語は始まっています。

