1983年 ペンタックス Super A|ヨーロピアン・カメラ・オブ・ザ・イヤー

1983年のペンタックス・スーパーAの広告。モータードライブとストロボを装着した黒いボディが岩場のような場所に置かれた重厚な写真。 感性の記憶

1983年、ペンタックスは一台の一眼レフで世界の注目を集めました。
その名は「Super A」。広告に大きく掲げられた「グランプリ・カメラ」の文字は、ヨーロッパの主要写真誌が選出する「ヨーロピアン・カメラ・オブ・ザ・イヤー ’83–’84」を受賞したことを示しています。

写真文化の中心地でもあるヨーロッパの評価によって、日本製カメラの技術力が国際的に認められた象徴的な出来事でした。

電子制御時代の一眼レフ

大きく写るのは、モータードライブとストロボを装着したフル装備のSuper Aの姿です。
黒いボディを強調する暗い背景のライティングは、精密機器としての存在感を際立たせています。軍艦部には液晶表示が配置され、操作も電子制御を前提とした構成になっています。1980年代は、一眼レフが精密な機械装置から電子制御カメラへと変化していく時代でした。

その転換を象徴するモデルの一つが、このSuper Aです。

マルチモードAEという新しい撮影スタイル

Super Aの最大の特徴は、複数の自動露出モードを統合した「マルチモードAE」にあります。絞り優先AE、シャッター速度優先AE、さらにプログラムAEを電子制御によって一体化し、撮影者の意図に応じた露出制御を可能にしました。これらを電子制御で一体化することで、撮影者の意図に応じてカメラが露出を計算します。手動操作を前提としていた一眼レフの撮影スタイルが、電子技術によって大きく変わり始めた時代でした。

日本カメラ黄金期の一台

1980年代前後は、日本のカメラメーカーが世界市場を席巻した時代でもありました。
キヤノン、ニコン、ミノルタ、ペンタックス。それぞれが電子制御技術を取り入れ、フィルム一眼レフの進化を競っていました。

同時期に登場した「smc PENTAX-A」レンズも、ペンタックスのKマウントを継承したシリーズでした。このマウント規格は現在でも受け継がれており、半世紀近く前のレンズが現代のカメラで使われることも珍しくありません。

Super Aは、その競争の中で生まれた、機械式一眼レフから電子制御一眼レフへ移行する時代を象徴するモデルでした。この広告には、日本カメラ黄金期の技術と自信が表れています。