1966年の「プリンス ニュー スカイライン」シリーズの広告です。
大きな見出しは「新しくなった!豊富になった!」。感性に訴えるよりも、改良点と選択肢の拡充を正面から示しています。用途別の呼びかけとともにグレードと価格が並びます。デラックス、エステート、バン、そして2000GT-Aまで。価格帯はおよそ56万円台から79万円台。家族向け、商用向け、スポーティ志向と、用途に応じた構成です。本文には「全部で9タイプ」「あなたのご要望にピッタリの車が選べる」とあります。単一モデルの訴求ではなく、シリーズ全体で応える姿勢が前面に出ています。
この年、日産とプリンス自動車は合併しました。スカイラインはもともとプリンスの主力車種でしたが、この広告には「日産自動車株式会社」「日産プリンス自動車販売株式会社」の名が並びます。ブランドの移行期でありながら、スカイラインという名は継続されました。統合後も主軸に据えるという意思表示でもあります。
技術面では「内に外に90項目・120か所の新設計」と明記されています。抽象的な表現ではなく、改良の規模を数で示しています。また「無給油期間は一気に2倍」との記述もあり、耐久性や整備間隔の向上を訴えています。見た目の刷新だけではなく、実用性の改善が主題です。
車両写真は端正な4ドアセダン。水平基調のボディラインと落ち着いた佇まいが強調されています。背景は抑えられ、車そのものの輪郭が際立ちます。演出よりも製品の存在感を優先した構図です。
1960年代半ば、日本の自動車市場は急速に拡大していました。所有層が広がり、用途も細分化していきます。高性能志向の2000GT-Aを頂点に、実用グレードや商用バンまで同一シリーズで展開する構成は、その市場変化に対応するための戦略でした。
この広告は、スカイラインが“単一モデル”から“シリーズ戦略の中核”へ移行する局面を記録しています。合併という企業再編の只中で、ブランドを継承し、選択肢を増やし、市場を広げる。その姿勢が、静かに、しかし明確に示されています。
後にGT-Rへと連なる高性能の系譜も、この時点での多層化と改良の積み重ねの延長線上にあります。1966年のこの一枚は、スカイラインが国産ミドルクラスの基準へと歩みを進めた節目の記録です。
1966年のスカイラインが示した「豊富になった」という訴求は、暮らしの多様化に合わせて車を“選ばせる”思想の表れでもありました。こうした1960–70年代の国産車の設計思想の流れは、昭和の国産車 設計思想アーカイブでまとめています。

