1970年代末、一眼レフカメラは電子化の波の中にありました。
露出計やシャッター制御に電子技術が導入され、カメラは機械式から電子制御へと大きく舵を切り始めます。1979年、ミノルタは「世界がミノルタXDを追っている」というコピーとともに、新しい世代の一眼レフを提示しました。
その中心にあったのが「デュアルAE」と呼ばれる露出制御です。
二つのAEを両立した設計
当時の一眼レフには大きく二つの自動露出方式がありました。
ひとつは絞り値を設定するとシャッター速度が自動で決まる「絞り優先AE」。もうひとつはシャッター速度を指定すると絞りが自動で調整される「シャッター速度優先AE」です。
多くのカメラはどちらか一方のみを採用していました。
ミノルタXDは、この二つの方式を一台のカメラで実現します。状況に応じてどちらのモードも使えるこの仕組みは「デュアルAE」と呼ばれました。露出の自動化が進む時代に、撮影者の操作を増やすのではなく、むしろ選択肢を広げる設計でした。
広告本文でも「どんな新しい機能をもったカメラでも、操作が面倒では意味がない」と述べられています。技術を誇示するのではなく、操作性を重視する思想がはっきり示されています。
電子制御と精密機械の両立
XDは電子制御カメラの象徴である一方、機械としての完成度も高いモデルでした。
金属製の縦走りシャッターを採用し、堅牢なボディと滑らかな操作感を両立しています。ミノルタは当時ライカと技術提携を進めており、外装設計や操作系の完成度にもその影響を見ることができます。電子制御による露出制御と、精密機械としての作り込み。この二つを両立させた点がXDの特徴でした。
日本製カメラが世界標準になる時代
1970年代、日本のカメラメーカーは急速に世界市場で存在感を高めていました。
ニコン、キヤノン、オリンパス、ペンタックスといった各社が競い合う中、ミノルタは電子制御と操作性の両立という方向を打ち出します。XDはフォトキナでも注目を集め、電子制御一眼レフの代表的なモデルのひとつになりました。
電子制御によって性能と扱いやすさを同時に高めるという発想は、同時期の自動車産業など多くの工業分野にも見られる潮流でした。
ミノルタXDは、機械式一眼レフから電子制御カメラへ移行する時代を象徴するモデルです。「世界が追う」というコピーは、日本のカメラ技術が世界の標準になりつつあった時代をよく表しています。

