1964年、ウテナのレモンミルククリームの広告です。紙面は鮮やかな黄色で埋められ、大きな活字がまず目に入ります。
なぜ「こすらない」ことがそれほど重要なのか。さらに、なぜレモンという素材を前面に出しながら、その使い方を否定するのか。一読すると、少し奇妙にも思えるコピーです。しかしこの言葉の背後には、当時の化粧品市場をめぐる具体的な状況がありました。
「レモン化粧品」が氾濫していた時代
1960年代、化粧品市場では「レモン」を冠した商品が急増していました。ビタミンCやクエン酸の美肌効果が広く知られはじめ、「レモン配合」をうたう化粧水やクリームが各社から相次いで発売されていた頃です。
ただし、その多くが実際にはレモン果汁や抽出液をほとんど含んでいない商品であったことも指摘されています。こうした状況を受け、厚生省(現・厚生労働省)は1967年(昭和42年)に「レモンの名称を付した化粧品の表示及び広告」に関する通知を出し、天然レモン成分が含まれていないにもかかわらず「レモン配合」と誤認させる表現は不適切であると指導しました。
参考:厚生省薬監第136号(昭和42年)・薬監第25号(昭和43年)
この通知が出されたのは1967年ですが、当時すでに「レモン」を名前に持つ化粧品が数多く登場していたことは、当時の広告や女性誌からもうかがえます。1964年のこの広告は、まさにそのような「レモン化粧品」が増えていた時期に打たれたものです。
「こすらない」が意味するもの
同じ頃、レモンを使った民間美容法も広く語られていました。肘や膝の黒ずみにレモンを半分に切って直接こすりつけたり、洗顔後の肌にレモン果汁を擦り込んだりすると肌が白くなる、という方法です。
レモンに含まれるクエン酸には角質をやわらかくする作用がありますが、生の果汁をそのまま強くこすりつければ刺激も強くなります。特に洗顔後の肌では、その影響はより大きくなります。
「レモンはこすらない」というコピーは、こうした習慣に向けて発せられた言葉でした。レモンをそのまま肌にこすりつけるのではなく、成分を整えたクリームとして使う方がよいという考え方を示しているのです。
この広告は、競合製品との比較というより、消費者の美容習慣そのものに問いを投げかけています。こすれば効くという思い込みに疑問を示し、「だからクリームだった」という言葉で結論へ導く構造になっています。
黄色い紙面と「レモンはこすらない」というメッセージ
広告の背景には鮮やかな黄色が使われています。商品名のレモンを連想させる色であると同時に、紙面の中で強く目を引く表現でもありました。1960年代前半の化粧品広告はまだモノクロや単色刷りも多く、このような色の全面使用はそれだけで印象に残るものでした。
レモンの色でレモンを想起させながら、その使い方については「こすってはいけない」と語る。この視覚と言葉の少し逆向きの組み合わせが、読み手の注意を引き止めます。
1964年は東京オリンピックの年で、日本の広告表現が色彩を帯び始める時期でもありました。一方で美容に関する情報はまだ十分に整理されておらず、レモンをこすれば肌が白くなるという民間療法と、「レモン配合」をうたう商品が同じ市場に並んでいた時代でもあります。
その中で、この広告は「レモンはこすらない」というコピーを掲げました。否定の言葉が疑問を生み、その答えとして「だからクリームだった」という言葉が続きます。この一行は、当時の美容習慣に対して静かに示された提案だったのかもしれません。
