青空を背に、垂直尾翼いっぱいに描かれた鶴丸が印象的です。
その下にはモスクワの聖ワシリイ大聖堂が配置され、航路の象徴が視覚的に示されています。
「最新ルートに 日本航空がいちばん乗り。」
1970年3月28日、日本航空はモスクワ経由ヨーロッパ線を開設しました。シベリア上空を横断し、モスクワを経由してパリ、さらにロンドンへ向かう新しい航路です。
それ以前、日本からヨーロッパへ向かう代表的なルートは二つありました。アンカレッジを経由する北回りと、香港やバンコク、中東各地を経由する南回りです。
南回りは経由地が多く、飛行時間に加えて地上での待機時間も長くなりがちでした。到着までに丸一日以上を要する行程も珍しくありませんでした。北回りは経由地が整理されていましたが、それでも長距離飛行であることに変わりはありません。
そこに登場したのが、モスクワ経由の新ルートです。
広告には東京を午前10時10分に出発し、同日夕刻にパリへ到着するダイヤが示されています。この「同日到着」という表現は、当時としては大きな意味を持っていました。
1970年は大阪万博の年でもあります。
日本企業の海外進出が加速し、国際線ネットワークの拡張は経済活動と密接に結びついていました。航空路線は観光だけでなく、商談や技術交流を支える基盤でもありました。
当時のヨーロッパ往復運賃は数十万円規模でした。誰もが気軽に利用できる水準ではありませんでしたが、時間短縮は利用者にとって具体的な価値を持っていました。
右下に描かれたルート図は、日本とヨーロッパが一本の線で結ばれたことを示しています。それは単なる地図ではなく、到達距離が縮まったことの証しでもあり、移動時間を短縮することで、世界との距離感が変わり始めたという事実です。
「世界を結ぶ日本の翼」という言葉には、当時の日本が感じていた手応えが込められているように見えます。

