1976年 ホンダ アコード CVCC|「人間重視」が生んだ上級ハッチバック

1976年発行のホンダ・アコード CVCC(初代)新発売雑誌広告。ライトブルーの3ドアハッチバックをPOLAビル前に配し、スーツ姿のビジネスマンと女性が佇む。 名車と美学

1976年5月、ホンダはシビックの上位モデルとして「アコード」を発売しました。広告の背景に選ばれたのは、当時竣工したばかりのPOLAビルディング——東京・渋谷を象徴するガラス張りの高層ビルです。そこに佇むスーツ姿のビジネスマンと、書類を抱えた女性。「アコードは、大人のつきあいを新しくします。」というコピーが、車ではなく乗る人間の像を先に提示しています。

副題は「ゆとりと調和のアドルト・カー」。「Adult(アダルト)」をカタカナ表記したこの言葉は、当時の若者向けポップカーとの明確な距離感を示しています。シビックが「若者のファーストカー」として定着しつつあった頃、アコードはその次のステージを狙って設計されました。

CVCCが意味していたもの

アコードに搭載されたEF型エンジンは、排気量1,599cc・直列4気筒SOHC・最高出力80ps(5,300rpm)・最大トルク12.3kg-m(3,000rpm)です。最大の特徴は、このエンジンにCVCC(複合渦流調速燃焼方式)が組み込まれていたことです。

CVCCは、主燃焼室に加えて小さな副燃焼室を設け、そこで濃い混合気に点火してから主燃焼室の薄い混合気を燃焼させる方式です。後処理用の触媒装置を必要とせずに有害排気物質を低減できるこの技術は、1972年にホンダが世界で初めて公表し、アメリカのマスキー法をクリアした最初のエンジンとして国際的に注目されました。アコードの搭載エンジンは昭和51年排出ガス規制に適合し、10モード燃費10.5km/ℓを達成しています。

注目すべきは、トヨタ・日産・フォード・クライスラーを含む複数の大手メーカーがCVCC技術の供与を求めてホンダと交渉したという事実です。「不可能」とされた排ガス規制への独自解を持っていたのが、当時まだ後発の小規模メーカーだったホンダだったことが、この技術の突出した性格を示しています。当時の広告では、このエンジンの仕組みそのものよりも、「排ガス規制を乗り越えた車」という事実が、むしろ象徴的な意味を持っていました。

FFとフラットフロアが変えた室内

本文には「室内の床面はほぼフラット、前・後席とも足元まで広々としています」という一文があります。これはアコードが採用した前輪駆動(FF)レイアウトの直接的な帰結です。

当時の国産乗用車の主流はFR(後輪駆動)であり、後輪への駆動力を伝えるプロペラシャフトのトンネルが後席床面に大きく張り出すことが一般的でした。アコードはシビックで先行確立したFFレイアウトを採用したことで、フロアをほぼ完全にフラットにすることができました。全長4,125mmのボディに3名がゆとりをもって座れる後席を実現した点は、当時の同クラス車と比較して明確な優位性でした。

この設計思想を、ホンダ社内では「ヒューマン・カー」と呼んでいました。スペックより先に乗る人間の快適さを起点に設計するという方針が、POLAビル前の広告構図にも滲み出ています。

発売から5年後の1981年にフルモデルチェンジ、その後アコードは米国市場での販売規模を急拡大し、1984年には海外ブランド車として米国販売記録1位を達成します。初代が打ち立てた「環境性能と居住性の両立」という軸は、その後の全世代に引き継がれました。現在、初代アコードは国内外の旧車市場でFFコンパクトの先駆けとして評価されており、程度のよい個体は希少な存在となっています。