ハイウェイを走る大型トラック。建設現場で稼働するクレーン車やダンプカー。
紙面上段に整然と並ぶ11車種は、1970年当時の物流がすでに用途別に細分化されていたことを示しています。
「情報化社会の輸送システムを考える日野自動車」
1970年は大阪万博の開催年であり、東名・名神高速道路を中心に高速道路網の整備が進んだ時期でした。国内総貨物輸送量は年間40億トン規模へ拡大し、道路輸送の比率が急速に高まります。輸送は量的拡大だけでなく、速度と効率を求められる段階に入っていました。
広告に掲載されているのは、TC型11トン積トラック、ZR型28トン吊りクレーン車、KB型8トン積ボンネットダンプなど、多用途の専用車両群です。長距離輸送、建設用途、資材運搬といった需要の細分化に対応する構成でした。
下段テキストには「技術の進歩が新しい輸送方法を次々と生んでいます」と記されています。コンテナ専用車(KK型)などの導入は、後のコンテナ輸送体系の基盤を形成します。輸送は単なる運搬から、標準化された物流システムへ移行していきました。
当時、日野は高出力ディーゼルエンジンを武器に、いすゞや三菱ふそうと市場競争を展開していました。商用車は個人消費財ではなく、企業の設備投資対象です。耐久性、積載効率、整備性が重要な評価軸でした。
1970年前後、日本は工業社会から高度情報化社会へと移行しつつありました。輸送網の整備は経済活動の前提条件であり、トラックは産業の基盤を支える装置でした。この広告は、車種単体ではなく、輸送体系全体を提示する構成です。
現在、1970年代の日野トラックは旧車市場で一定の評価を受けています。レストア車両や当時のカタログは専門市場で取引され、商用車史の資料価値も高まっています。高度成長期の物流を物理的に支えた機械として、その位置づけは再評価されています。

