1982年 マツダ ファミリア|FF車日本第1位

1982年発行のマツダ ファミリア雑誌広告。ハワイでロケ撮影されたオレンジのハッチバック1500XGのサンルーフからサッカーボールを持った男性が顔を出し、「実証:FF車日本第1位」の大見出し。 名車と美学

ハワイのプレートをつけたオレンジのハッチバックが、木陰の芝生に置かれています。サンルーフから顔を出した男性は、サッカーボールを手に笑っています。右上には「FF車 日本 第1位 ファミリア」、見出しは「実証・FF車日本第1位」。販売実績が光っています。

「第1位」には根拠も添えられています。国内FF乗用車の年間登録台数、1981年1月から12月累計、自販連調べ。5代目ファミリアは1980年に登場し、この代でFRからFFへ移行しました。各社がFF化を進めていた時期に、その競争の中で販売首位を取ったことを、マツダは正面から売りに出しました。

販売実績とラリー実績

販売台数の話だけで終わっていません。本文では「スポーツごころのFFファミリア」と書き、さらに82年モンテカルロ・ラリーでのクラス優勝にも触れています。売れている実用車でありながら、走りの実績もある。ファミリアはその二つを並べることで、日常性とスポーティさを同時に手に入れた車として見せられていました。

モンテカルロ・ラリーは世界ラリー選手権の開幕戦で、市販車に近いグループAでのクラス優勝は、量産車の素性の良さを語る材料として使いやすい実績でした。販売データの「第1位」と、ラリーでの「勝ち」を並べることで、ファミリアはただ売れているだけのFF車ではなくなります。

明るさの中に見える時代の現実

「貴重なガソリンを大切に」という一文も見え、燃費の訴求がしっかり入っています。第二次オイルショックのあとで、低燃費はまだはっきりした商品力でした。ファミリアはFF化による室内効率や使いやすさだけでなく、燃費のよさも含めて、時代に合った小型車として受け入れられていきます。

ハワイで撮ったような開放的な写真には意味があります。1980年代前後の国産車広告では、海外ロケを使って軽さや先進性を演出する例が増えていきました。アメリカのナンバープレートを見せることで、単なる国内向けの大衆車ではなく、海外の景色にも似合う車だと印象づけている。実際、この頃のファミリアは輸出でも存在感を高めていく時期でした。

販売実績、ラリー実績、燃費、明るい生活感、その全部をまとめて、いま選ばれている小型車のかたちとして見せています。ファミリアが強かった時期の一枚です。