1971年の信越化学の企業広告です。紙面の大半を占めるのは、スーツ姿の男性の顔を線だけで描いたイラストでした。手描きの線描きで、余白も広い。派手さはありませんが、その静けさがかえって目に残ります。製品写真を並べる代わりに、素材メーカーとしての構想を言葉で読ませるつくりです。
かなり具体的な夢を語っています。本文はシリコーンの膜の性質から始まります。水中の酸素を取り込み、二酸化炭素を排出するという説明を出発点に、魚のエラになぞらえながら、「海底住宅の窓にこの膜を使えば人が住めるのではないか」「いっそこの膜で巨大な海底ドームをつくったらどうだろうか」と話を広げていきます。単なる空想話ではなく、〈海洋開発〉という当時の現実の課題に接続しています。
海洋開発が現実の言葉だった時代
1970年代初頭の日本では、海洋開発は現実味をもった政策用語でした。海底資源、深海探査、海中居住といったテーマが国家的な研究課題として語られ、企業広告の中にも自然に入り込んできます。信越化学がここで海底ドームのような構想に触れているのも、単なるSF趣味ではなく、新素材の会社が次の社会基盤にどう関わるかを示そうとしたものです。
もうひとつの柱は、シリコン半導体の応用です。本文では、テレビのオールトランジスタ化を可能にしたシリコン半導体に触れながら、天井や壁などの内装材そのものがエアコン機器や照明器具であるような家を語っています。面冷暖房と面照明という発想です。1971年時点ではまだ構想段階でも、素材や半導体の側から住宅や生活空間を変えられるという見方は、この時代らしい広がりがあります。信越化学は完成品を売る会社ではなく、上流で素材を供給する会社です。未来の住まい、未来の都市、未来の環境へと話をつないでいく、素材メーカーの企業広告として筋の通った構成です。
1971年の未来像と環境意識
終盤には、夢のある技術の話を続けたあとで、未来は物質的な豊かさだけではなく、「人間以外のあらゆる生命にも配慮する未来」でなければならない、といった趣旨が入ってきます。いま読むと自然に見える言い回しですが、1971年という年を考えると軽くありません。高度成長のただ中で、公害問題が強く意識され始め、企業が未来を語るなら環境への視線を避けて通れなくなっていた時期だからです。
海の中に住むこと、壁そのものが空調や照明になること、素材の進歩が生活そのものを変えること。信越化学がこの広告で売っていたのは特定の製品ではなく、素材メーカーにも未来の設計図を語る資格があるという感覚でした。

