「シャレードとラリーの、深い関係。」
黄地に黒い大文字でそう書かれたこの広告は、かなり強い作りです。右半分いっぱいに使われているのは、砂塵を巻き上げながら突進するサファリラリー仕様車。街中の使いやすさや燃費の良さではなく、世界のラリーでこのクルマが何をやってのけたかを前面に押し出しています。
本文は、シャレードが初めて海外ラリーに挑戦した1979年の第47回モンテカルロラリーから書き起こしています。世界三大ラリーのひとつに数えられ、当時のワールドラリー選手権(WRC)第1戦でもあったこの大会で、993ccの小さなシャレードは完走を果たしました。参加車中でも小排気量の部類に入る車が、雪と氷に閉ざされた難コースを走り切ったこと自体が意外性のある出来事でした。1980年にクラス2位、1981年にクラス優勝、総合でも28位に食い込んだ実績を並べ、積み重ねてきた結果を示しています。
ニュージーランドとサファリ、二つの証明
1981年9月には、ニュージーランドで開催されたFISA公認の国際ラリー、第11回モトガードラリーにも初参加しています。参加168台中、完走24台という厳しい条件のなかでクラス優勝を獲得しました。シャレードは、経済車ではなく国際ラリーで結果を出す実戦車として扱われています。
さらに力を込めて語るのが、やはりサファリラリーです。広告によれば、30回目を数えるこの大会は4月8日から12日までの5日間、5000kmを超えるケニアの悪路を舞台に争われました。例年になくコースは乾燥し、ハイスピードレースになった中で、シャレードは参加車中最小排気量で完走し、同時にクラス優勝まで手にしました。
大会の会長B.パテル氏のコメントとして、「今大会の最も大きな出来事は、シャレードのクラス優勝だ。私の記憶で、ここ10年、サファリラリーで1000cc以下の小排気量車が優勝はおろか、完走した例を見ない」と紹介し、さらに現地紙が「小さなクルマが、大排気量車に勝った。シャレードは、彗星のように現れたジャイアントキラーだ」と報じたことまで載せています。メーカーがラリー実績を誇る広告は珍しくありませんが、ここまで具体的な発言や現地報道を積み上げる例はそう多くありません。それだけこの結果を、ダイハツが大きな転機として受け止めていたことがわかります。
「先駆の1000cc」という言葉の重さ
「先駆の1000cc シャレード」というコピーが効いています。小さいのに勝った意味づけが、この一行に凝縮されています。
1983年当時、日本の小型車は実用性だけでなく、どこまで性能や信頼性を印象づけられるかが問われる時期に入っていました。シャレードはそのなかで、海外ラリーの過酷さを自らの価値証明に使った車でした。モンテカルロ、ニュージーランド、サファリと重ねた数年分の実績が、説得力を与えています。

