1976年 三菱 ギャラン・シグマ|4気筒が6気筒を黙らせた静粛革命

1976年発行の三菱ギャランΣ(シグマ)雑誌広告。白い2000GLXを砂漠とニューヨークのスカイラインを合成した背景に配し、「大地のセダン。ギャラン・シグマ。」の大見出し。 名車と美学

背景は、砂漠とニューヨークのスカイラインを合成した非現実的な空間です。砂丘の手前に白いセダンが佇み、その上部に「大地のセダン。ギャラン・シグマ。」という太い文字が置かれています。

サブコピーは「これが4気筒エンジンの音だろうか。このクルマに乗ると、世の中の騒がしさを忘れてしまう。」です。静粛性の訴求を、エンジン形式への疑念という逆説的な言い方で表現しています。1976年当時、4気筒エンジンのセダンが「静か」を武器にできたのは、アストロン80エンジンに組み込まれたサイレントシャフトという技術があってのことでした。

サイレントシャフトとは何か

4気筒エンジンには、構造上、クランクシャフト回転数の2倍の振動(二次振動)が発生します。6気筒にはこの振動がないため、当時の高級セダン市場では直列6気筒エンジンが静粛性の象徴として扱われていました。

三菱がアストロン80エンジン(型式4G52、排気量1,995cc)に採用したサイレントシャフトは、クランクシャフトの両側に2本のバランサーシャフトをエンジン回転数の2倍の速度で逆回転させることで、この二次振動を機械的に打ち消す機構です。その効果について三菱は「従来比で振動値を10分の1に低減した」と公表しており、「6000回転で動かしたエンジンの上に水の入ったコップを置く」というデモンストレーションを販売プロモーションで実施しました。

この技術の源流は1904年にイギリスのフレデリック・ランチェスターが解明したバランサー理論にありますが、三菱はこれを独自に発展させ量産車への搭載に成功した最初のメーカーとなりました。三菱の公式記録では「6気筒並みの静粛性を4気筒で実現した」と位置づけられています。

MCAと「51年規制合格」

右下には「51年規制合格/MCA グリーン&エコノミー」のロゴが明記されています。MCA(Mitsubishi Clean Air)は、サーマルリアクターとEGR(排気再循環装置)を組み合わせた三菱独自の排ガス対策システムです。本文にある「アストロン80エンジン(1850以上)の本領は、高速になればなるほど発揮されます」という表現は、低回転ではなく高速域でのトルク特性を強調したものです。2000ccツインキャブ仕様の最高出力は115ps/6,000rpm、最大トルクは16.5kg-m/4,000rpmで、中間グレードのシングルキャブ仕様は105ps/5,700rpmを発揮します。

「吸音天井、高剛性フロア」「さあ窓を閉じてください。いつもの会話が、そこにあります。」というコピーは、エンジン由来の振動だけでなく、ボディ全体の防音設計を総合的にアピールしています。

「大地」の広告が示したもの

ギャラン・シグマは1976年5月発売、月間販売台数は1万台前後で推移し、三菱の主力乗用車となりました。「シグマ」の名称はギリシャ語で「集大成・総和」を意味するΣ(シグマ)から採られており、それまでのギャランシリーズに積み上げてきた技術の総括という意味合いが込められています。

砂漠とニューヨークという非日常の組み合わせを背景に選んだ広告は、CMをアメリカ・ユタ州で撮影するなど「世界スケール」を意識したブランド戦略の一環でした。三菱が広告戦略において、かつてない規模で海外ロケを敢行し始めたのも、このギャランΣの時代からだと言われています。

現在、ギャランΣはサイレントシャフト技術の歴史的価値から旧車愛好家の間で一定の評価を保っており、保存状態の良い個体は国内外のマニアの間で流通しています。個体数が年々減少していることもあり、現車や当時の広告は1970年代の日本車を伝える資料としても意味を持っています。

「これが4気筒エンジンの音だろうか。」

そのコピーは、当時の技術的な挑戦をそのまま言葉にしたものでした。静かさという価値を前面に出したこの広告からは、1970年代半ばの日本のセダンが、性能だけでなく上質さを競い始めていた時代の空気が伝わってきます。