1979年 ヤマハ MR50|スニーカーバイクと呼ばれたオフロード50

1979年発行のヤマハMR50の雑誌広告。森のなかで水を浴びる黄色いバイクとパグ犬。軽快なライディングをイメージさせる清涼感のあるビジュアル。 名車と美学

芝生の庭で水を浴びる黄色いオフロードバイク。
コピーは「スニーカーバイク、気分はモトクロッサー。」

1979年、ヤマハはMR50という小さなオフロードバイクに、この軽快な呼び名を与えました。1970年代のバイク広告は、砂煙やジャンプを強調するモトクロス的な演出が主流でした。しかしこの広告では、レース場ではなく日常の風景が選ばれています。オフロードバイクを特別な乗り物ではなく、気軽なレジャーとして位置づけようとする意図が見えます。

本格機構を備えた小排気量オフロード

MR50は見た目の軽さとは裏腹に、本格的な構造を備えたモデルでした。
最大の特徴は、ヤマハが開発したモノクロスサスペンションです。一本のショックユニットを車体中央に配置するこの構造は、もともとモトクロス競技用バイクのために開発されたものです。高い路面追従性と軽量化を両立できるこの方式は、その後多くのオフロードバイクで採用されることになります。

こうした技術を、最小クラスである50ccモデルにも投入した点がMR50の特徴でした。

オフロードを日常の遊びへ

エンジンは空冷2サイクル49cc。最高出力は約6馬力で、5段ミッションを組み合わせています。小排気量ながら軽量な車体と十分なトルクを持ち、舗装路だけでなく林道などの未舗装路でも楽しめる性能を備えていました。

1970年代後半、日本ではオフロードバイクの人気が広がり始めます。ヤマハDTシリーズなどの影響で、モトクロススタイルは若いライダーの憧れになっていました。

MR50は、その世界をもっと身近なものにしたモデルです。本格的な技術を備えながら、スニーカーで乗れる気軽なバイクとして提案されたのです。

遊びとしてのオフロード

描かれているのは、走り終えたあと、庭で水をかけてバイクを洗う穏やかな時間です。競技ではなく遊びとしてのオフロード。MR50が示したのは、そんなバイクとの付き合い方でした。

「スニーカーバイク」というコピーには、本格的な機械をもっと気軽に楽しもうという、当時のヤマハの発想がよく表れています。