幾何学的なグリッドの中に配置された、スリリングな絶叫マシーンの数々。
1981年春、としまえんが打ち出したのは「新しいマシーン」との出会いでした。
青空を背景にループを描くジェットコースター。回転しながら落下するアトラクション。広告の構図は、当時の遊園地がいかに「スピード」と「刺激」を売りにしていたかを端的に示しています。
1980年代、都市レジャーとして広がる遊園地
この頃、日本では余暇(レジャー)が生活文化として定着し始めていました。高度経済成長を経て所得が伸び、週末に家族や友人と出かける都市型レジャーが広がります。遊園地はその象徴的な存在でした。
コピーには「クリスタルに酔いしれる。」という言葉が掲げられています。1980年前後には「クリスタル族」という言葉が流行し、洗練された都市生活や都会的な遊び方が注目されていました。としまえんは遊園地を単なる子どもの遊び場ではなく、若者やカップルも楽しめるプレイラウンドとして位置づけています。
シャトルループとコルクスクリュー
当時の目玉アトラクションは「シャトルループ」と「コルクスクリュー」でした。特にアントン・シュワルツコフ設計のシャトルループは、一気に加速して垂直ループを通過する迫力が特徴です。紙面にはそのほかにも「パイレーツ」「フリュームライド」「エル・ドラド」などの名称が並び、当時のとしまえんが多彩な大型マシーンを揃えていたことが分かります。
フリーパス3000円に見る当時の物価
料金表示にも時代が表れています。
入園と乗り物がセットになった1日フリーパスは大人3,000円。現在と比べれば控えめな価格ですが、当時としては決して安くない金額でした。それでも多くの人が遊園地に足を運んだのは、レジャーを楽しむ文化が広がっていたためです。
1980年代初頭、遊園地は都市のレジャーとして多くの人を集めていました。その時代の空気がよく伝わってきます。

