1970年、世界の物流はコンテナ化という大きな転換点にありました。川崎汽船(K LINE)のこの広告は、その只中で掲げられたものです。
大きく縦に配されたコピーはこう述べます。
「Kラインは 鉄道のスペシャリストにも 高い給料を払っています。」
海運会社が、あえて鉄道を語る。そこに核心があります。物流はもはや港で完結するものではなく、海から内陸までを一体で設計する「海陸一貫輸送」の時代へ移行していました。
紙面には、サンタフェ鉄道(Santa Fe)のコンテナ列車が闇の中に浮かび上がり、背後には北米大陸を網の目のように覆う輸送ルート図が描かれています。単なる運送の告知ではなく、ネットワーク全体を設計する企業であることを示す構成です。
1960年代末、コンテナ船の普及により港湾荷役は劇的に効率化されました。しかし本当の競争は、港から先の内陸輸送にありました。Kラインは米国の鉄道・トラック網と連携し、複雑な運賃体系やルート選択をコンピューターで管理する体制を整備します。
紙面にも「コンピューターシステムによる管理」という記述が見られます。汎用機が主流だった時代に、物流を情報として扱う発想を前面に出している点は注目に値します。単なる船腹量ではなく、情報と最適化の競争へ。物流は物理からシステムへと拡張していきます。
「鉄道のスペシャリスト」を自社に抱えるという主張は、ドア・ツー・ドア輸送への自信の表明でもあります。海を越えた後の内陸配送まで責任を持つ姿勢は、日本の輸出拡大を支えたインフラの一端でした。
この広告は、海運会社が“船会社”から“総合物流企業”へと変貌しようとした証です。国境も海も越え、最短ルートで貨物を届ける。そのための仕組みづくりに、矜持が込められています。

