1972年、日本は高度経済成長の果実を手にし、生活の質を語り始めていました。腕時計は単なる計時装置ではなく、所有者の価値観や立場を示す象徴でもありました。
左頁には、アンニュイな表情を浮かべた女性の顔が大きく配置されています。その横に、「女心をとりこにする」という言葉が置かれます。時計の広告でありながら、機能説明から始めていません。まず提示されるのは、他者からどう見られるかという視点です。腕時計は時間を測る道具であると同時に、社会的な印象を整える装置でもあったのです。
右頁には、セイコーの時計が浮遊するように並びます。価格は14,000円から49,000円まで幅広く設定されています。市場の階層化が進み、選択肢が細かく分かれていった時代背景が反映されています。
この頃のセイコーは、機械式時計の完成度を極めつつありました。グランドセイコーは国際水準を凌ぐ精度を誇り、ロードマチックはハイビートを掲げ、アドバンは大胆なカットガラスで個性を示します。技術的探究心と70年代特有の装飾性が同時に存在していました。秒針停止機能を備えた自動巻きモデルも広がり、秒単位で時刻を合わせることができるようになっていました。精度を追求する姿勢は、日本人の時間意識とも重なっていきます。機械式時計が到達点に近づき、技術と情緒が最も美しく結びついていた瞬間の熱を放っています。
その数年後、クオーツ時計が価格と精度の両面で世界の常識を書き換えます。スイスを中心とした機械式産業は大きな打撃を受け、日本の時計産業も構造転換を迫られます。
この1972年の紙面は、その激変の直前にあります。機械式がまだ主役であり、精度と色気を同時に語ることができた最後の華やかな時代を映しています。
時を刻む仕組みが大きく変わる直前に、機械式時計は最も強く、自らの価値を語っていました。その緊張と輝きが、この広告には静かに封じ込められています。

